intel inside物語 | 西岡郁夫コラム -日々のつぶやき-

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西岡郁夫コラム

intel inside物語

2016年09月28日
日々思う事

1992年にインテルジャパンの副社長として入ったときの初仕事が91年に発表したintel insideキャンペーンの立上だった。営業部門は日本のパソコンメーカーの協力を取り付けるために懸命に動いた。パソコンメーカーにしてみれば、自社のパソコンを宣伝するたびに「インテルが入ってるから大丈夫」とインテルを宣伝するなど気は進まないのだろうが、何分当時はパソコン市場が急速に広がろうとしていたし、その中でシェアを獲得したいメーカーにとってはインテルからの宣伝支援金が大いに魅力的だからか徐々に協力会社が広がって行った。問題はTV局の抵抗であった。日本のTV放送のコマーシャルの単位時間は15秒とアメリカの30秒の半分。その中の3秒というintel inside用の時間は全体の1/5だが、TV局にしてみれば15秒の単位時間を2社に分割されることになりTVCMのルール変更につながると強硬に反対されていた。

TV局との交渉は広告代理店がやってくれていたが、ある日の夕刻、自宅に広告代理店の部長から緊急の電話が入った。曰く、「TV局の言い分は、たとえばパナソニックの冷蔵庫を12秒宣伝した後でドアを開くとアサヒドライがズラッと入っていて、スターがビールをグビグビっと飲んで、「あ~っ旨い!」と3秒間やられるようなもの。15秒の切り売りは到底容認できないと強硬だ」と言うものだった。丁度その時、晩酌のビールを飲んでいた僕は、「なるほどね! しかし、確かにビールは買えるけどインテルのMPUは店に売っていませんよ。intel insideはそのパソコンにはintelが入っているから安心ですよと、やっぱりそのパソコンを宣伝しているのです。とTV局に言ってみて下さい」といって電話を切った。30分ほどして再び電話が入り、今度は明るい声で「西岡さん、TV局が了解してくれました。アドバイスありがとうございました」と報告してくれた。この後は全てのTV局が次々と了解して難問が片付いた。TV局としてみてもパソコン各社の宣伝合戦が繰り広げられることを本音では認めたかったに違いない。そのための理屈を探していたのだろうか。(以後こういう話題を載せていこうかなと思っています)

 

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